青志社

吉沢久子/著
『人は生きていく上で何が大切か』

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人は生きていく上で何が大切か
吉沢久子/著
『人は生きていく上で何が大切か』
101歳で逝った知の達人が遺した言葉

発行日: 2022年3月19日発売
定価: 本体1200円+税
サイズ: 四六判並製
ページ数: 208ページ
ISBN: 978-4-86590-133-7


先のことを心配してもしょうがない。
その時、その時を大切に考えて人生の「持ち時間」を生きる


【目次】

第1章 人生の持ち時間
「自分」のためだけに使っていいのだ

第2章 老いの生活設計
「欲望」の整理からはじめたい

第3章 もっと自分という木を育てたい
「しなければならないこと」の上に「したいこと」を加える

第4章 食と生活の知恵
衣・食・住のありがたさを考えて生きる

第5章 老年期のいましめ
本当に大事なものは何だろう

第6章 送り方、逝き方
あとは野となれ山となれ


【内容紹介】

老いの日々がとてもしあわせになったのは「心の持ち方」であった
「心の持ち方だけで何が変るか、という人もいる。そうかもしれない。でも私は少なくとも自分をしあわせにしたのは考え方、つまり心の持ち方と信じている。
 私は平凡な共働き主婦の生活をつづけてきた。仕事はマスコミ関係で働いていたから、勤め人より多少は時間のやりくりも自由にできたので恵まれた環境であったかもしれないが、姑、夫との三人ぐらしがつづいていた。
六十代に入ってから姑の介護がはじまり、二年半で見送ってからは夫との二人ぐらしになり、私が六十五歳のとき、夫も見送ることになった。
 夫は再婚であり子供がいた。私は複雑な人間関係を避けたくて、あえて子供を産まない道を選んだ。仕事をつづけたのは、そういう私の生き甲斐でもあったからだ。それと、経済的にも自分のことは自分でまかないたいという気持もあった。私の育ちからくる意志であった。
 六十五歳で、これからの持ち時間を一人で生きることになったとき、私は、まず二十四時間が自分の自由に使えることにおどろいた。思いもかけない発見だった。家族を失ったさびしさを感じたのも、一日のうちの家族にかかわる時間がなくなったことによる喪失感だった。私が今八十五歳を目の前にして思うのは、私の老いの日々がとてもしあわせになったのは、このときの「心の持ち方」であった。さびしいと嘆いていても、失ったものを取りもどすことはできない。
 それだったら、二十四時間が自分のものになったのは、家族たちが私にくれたプレゼントなのだと思おう、そして少い持ち時間をせいぜいたのしく、小さなことにも大きな喜びを感じるような生き方をしよう。平凡な日々の中にある、宝物のようなものを見つけて、それをいとおしみ、自分の心の栄養にしていこう、と思った。
 失った昨日をふり返るばかりでは、心はますます縮んでいき、ないものねだりをして、
他人から「おさびしいでしょう」などといわれることを期待して生きる、そんな毎日では、すぐにしなびた婆さんになってしまうだろうと考えた」
吉沢久子


原稿用紙とペン

なんでも明るく考えてしまうのは、私の性格にもよりますが、
ひとつは、その方が生きやすいと考えた私の生活の知恵かもしれません。
吉沢久子


【著者紹介】

吉沢久子(よしざわ ひさこ)


1918年、東京生まれ。文化学院文科卒。
料理や家庭生活の知恵や問題点や暮らしの文化に関して、執筆や講演、ラジオ・テレビ出演などを通じて幅広く活躍。
著書に『100歳の100の知恵』(中央公論新社)、『ほんとうの贅沢』(あさ出版)、『100歳まで生きる手抜き論』(幻冬舎新書)、『吉沢久子 27歳の空襲日記』(文春文庫)、94歳。寄りかからず。前向きに おおらかに』『95歳。今日をたのしく。もっと前向きに』『96歳。今日を喜ぶ。一人をたのしむ』『97歳。いくつからでも人生は考え方で変わります』『98歳。心して「一人」を楽しく生きる』『今日をいっしょうけんめいで生きる』『老い方上手の楽しい台所』『ふつうで素敵な暮らし方』『春夏秋冬 しあわせを呼ぶ生き方』(以上、海竜社)ほか多数がある。2019年3月21日逝去。享年101歳。



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